2026年9月15日 火曜日 雨
朝の気温は24℃。13時現在で27℃。蒸し暑い。
山北方面へ。
途中、カフェリーフスで1時間休憩。ガソリンスタンド、山北クリエイト、大口のイレブンに寄る。
カフェリーフスでヤモリを見る。カメラとスマホを忘れる。
WWF会報秋号が届く。1994年~会員
ニュース:「中国版アンソロピック」智譜AIの1〜6月期、売上高が5倍に急増。
大質量連星は“別々に誕生した2つの星”が偶然出会って形成される?
雑記:2008.09.12 高指山
平尾山に登った後、まだ時間が早いので近くの高指山に登る。ここでも赤いタマゴダケを3本見る。これからはキノコの季節の始まりである。
高指山からの眺め
タマゴタケ
秋のギンリョウソウ
ブナ林
WWF会報 秋号
ヤクさん
メタのサイトより
☆自転車などのメモ
1980年2月27日 水曜日 曇りのち雨
幼児用三輪車から自転車へ(最終回)
盗まれたボロ自転車
時々乗っていたボロの実用車が盗まれる。ボロだがこの自転車には愛着があった。
ラレー・ロードスターの登場
自転車に再度、本格的に興味を持つようになった最大のきっかけは、ホンダが当時輸入したラレー・ロードスターであった。粗悪品であったが、シンプルな形状に衝撃を受けた。まさに自転車の原点を見る思いがした。
昭和46年の秋頃の新聞にこのラレーの広告が度々載ってからである。それはホンダが英国からラレー自転車を大量に輸入した年であった。
ホンダがなぜラレーを大量に輸入したのか、当時の噂では、ホンダが英国に自社のバイクを売るための見返りといわれていたが、その真意は分からない。当時、ヤマハも同じようにプジョーを輸入した。ホンダは、関連会社のアクト・トレーディング(東京都中央区八重洲6-7ます美ビル)を通じて、大量に輸入したのである。最近までホンダの販売店に時々デッドストックされたラレーの掘り出しものが出ていた。
新聞の広告に出ていた値段をみると、私にも手に入りそうな価格であった。ラレー・ ロードスター 29,800円、ロードスター デラックス39,800円、 カールトン98,000、ヨーロッパ 44,900円、ロイアル 38,800 円とある。
そして、茅ヶ崎から一番近い販売店は、平塚の湘南ホンダモーターであった。
1973年(昭和48年)5月12日、土曜日ついにこの店で憧れのラレー・ロードスターを手に入れた。
買ってすぐにこの自転車でサイクリングし、平塚から馬入橋を渡った。その後、殆ど毎日この自転車に乗り、通勤にも利用した。
☆メモ帳より
1969年9月15日 月曜日 曇り時々霧雨
ヤスユキ君と軽装で三角山まで歩く。
秦野駅~西田原~羽根~須賀神社~羽根林道~菜ノ花台~三角山~蓑毛~秦野駅。