2026年9月17日木曜日

下曾我・東大友

 2026年9月17日 木曜日 晴れ
久しぶりの晴れ。
朝の気温は20℃。13時現在で26℃。午後から暑くなる。やや風が強い。
自転車でいつものコースを走る。下曾我ルート。
途中、風月堂、勝寿司に寄る。
ニュース:米航空宇宙局(NASA)の研究者が、月面に最近形成された巨大なクレーターを発見。

ナギ神社






風月堂


☆自転車などのメモ
1980年3月16日 日曜日 晴れ
14時からルジュン・ロードレーサーで関本方面へサイクリング。
ヒューポーター・ピスト、ルジュン・ロードレーサー、ラレー・ロードスターを整備。
ヒューポーター・ピスト



☆メモ帳より
1969年9月17日 水曜日 晴れ
サファトム研究所のバイト、引っ掛け台を2個作成。


2026年9月16日水曜日

また雨

  2026年9月16日 水曜日 雨
また今日も雨。
朝の気温は22℃。13時現在で23℃。涼しい。
外出せず。
ニュース:国際天文学者チームが、全く新しいタイプの可能性がある天体を発見した。初期に宇宙に存在した、桁外れに巨大な「ブラックホール星」。
アンソロピック、オープンAI、スペースX、グーグル・ディープマインドなど、米国の4大AI開発企業が人工知能(AI)の危険性を警告。
雑記:2008.09.06 三ツ峠
 1年ぶりに三ツ峠へ。レンゲショウマを期待していたが、既に花の時期は終わっていた。やはり8月25日前後が見ごろのようである。やっと一輪の花を見つけカメラにおさめる。人気の山なので今日も登山者が多い。100人近くいたであろうか。10人から20人ぐらいのグループが多かった。今回も三ツ峠からの富士山は霧のため見ることができなかった。

ブナ

レイジンソウ

三ツ峠山

屏風岩

ウメバチソウ

アサギマダラ

レンゲショウマ


☆自転車などのメモ
1980年3月2日 日曜日 晴れ後曇り
ルジュン・ロードレーサーで小田原から秦野蓑毛までサイクリング。
蓑毛大日堂の御開帳・参拝。



☆メモ帳より
1969年9月16日 火曜日 晴れ
暑い一日。
簿記の授業に出席。つまらない。


2026年9月15日火曜日

登山情報

かながわパークレンジャーの登山情報が更新されました。

新着情報

2026年 9月15日 令和8年9月12日 土山峠ー辺室山ー物見峠

2026年 9月15日 紅葉記録


山北

 2026年9月15日 火曜日 雨
朝の気温は24℃。13時現在で27℃。蒸し暑い。
山北方面へ。
途中、カフェリーフスで1時間休憩。ガソリンスタンド、山北クリエイト、大口のイレブンに寄る。
カフェリーフスでヤモリを見る。カメラとスマホを忘れる。
WWF会報秋号が届く。1994年~会員 
ニュース:「中国版アンソロピック」智譜AIの1〜6月期、売上高が5倍に急増。
大質量連星は“別々に誕生した2つの星”が偶然出会って形成される?
雑記:2008.09.12 高指山
 平尾山に登った後、まだ時間が早いので近くの高指山に登る。ここでも赤いタマゴダケを3本見る。これからはキノコの季節の始まりである。

高指山からの眺め

タマゴタケ

秋のギンリョウソウ

ブナ林

WWF会報 秋号

ヤクさん
メタのサイトより



☆自転車などのメモ
1980年2月27日 水曜日 曇りのち雨
幼児用三輪車から自転車へ(最終回)
盗まれたボロ自転車
時々乗っていたボロの実用車が盗まれる。ボロだがこの自転車には愛着があった。
ラレー・ロードスターの登場
自転車に再度、本格的に興味を持つようになった最大のきっかけは、ホンダが当時輸入したラレー・ロードスターであった。粗悪品であったが、シンプルな形状に衝撃を受けた。まさに自転車の原点を見る思いがした。
昭和46年の秋頃の新聞にこのラレーの広告が度々載ってからである。それはホンダが英国からラレー自転車を大量に輸入した年であった。
ホンダがなぜラレーを大量に輸入したのか、当時の噂では、ホンダが英国に自社のバイクを売るための見返りといわれていたが、その真意は分からない。当時、ヤマハも同じようにプジョーを輸入した。ホンダは、関連会社のアクト・トレーディング(東京都中央区八重洲6-7ます美ビル)を通じて、大量に輸入したのである。最近までホンダの販売店に時々デッドストックされたラレーの掘り出しものが出ていた。
新聞の広告に出ていた値段をみると、私にも手に入りそうな価格であった。ラレー・ ロードスター 29,800円、ロードスター デラックス39,800円、 カールトン98,000、ヨーロッパ 44,900円、ロイアル 38,800 円とある。
そして、茅ヶ崎から一番近い販売店は、平塚の湘南ホンダモーターであった。
1973年(昭和48年)5月12日、土曜日ついにこの店で憧れのラレー・ロードスターを手に入れた。
買ってすぐにこの自転車でサイクリングし、平塚から馬入橋を渡った。その後、殆ど毎日この自転車に乗り、通勤にも利用した。


☆メモ帳より
1969年9月15日 月曜日 曇り時々霧雨
ヤスユキ君と軽装で三角山まで歩く。
秦野駅~西田原~羽根~須賀神社~羽根林道~菜ノ花台~三角山~蓑毛~秦野駅。

2026年9月14日月曜日

小田原

 2026年9月14日 月曜日 晴れ
久しぶりの秋晴れ。
朝の気温は21℃。13時現在で31℃。暑くなる。
自転車でいつものコースを走る。小田原ルート。
途中、ラスカの五穀市場及び伊勢屋に寄る。
中嶋町のナギ古屋敷が解体され、無くなっていた。
二ノ丸周辺のマツバラン観察。
ニュース:米Anthropicは2026年9月10日、自社のAIモデルに対する悪用事例をまとめた脅威インテリジェンスレポートを公開した。

今日の富士山


二ノ丸のナギ


マツバラン








ビャクシン

彼岸花とナミアゲハ



「ブエルタ・ア・エスパーニャ2026(La Vuelta 26)」
最終ステージにおける個人総合順位(General Classification)
関連サイトより
以下同じ

ポイント賞(マイヨ・ヴェール)を獲得した
Wout van Aert(ワウト・ファンアールト)
特別カラーのグリーンのバイクを掲げて表彰台に立つ

今年の3大グランツールでリーダーズジャージを着た
ヨナス・ヴィンゲゴー、タデイ・ポガチャル、エンリック・マス


☆自転車などのメモ
1980年2月26日 火曜日 曇り
幼児用三輪車から自転車へ(其6)
このころになるとギヤも重い方(low)に入ったままで、グリップが動かなくなってしまった。ある日、なにかに気をとられていて、ブロック塀に正面衝突、フロントフォークが曲がってしまった。フォークがダウンチューブに接触して動かない。自分で修理したが塗装が傷つくばかりで一向になおらない。とうとう自転車店に修理を依頼。どうにかまた乗れるようになったが、気分は半減、あれほど毎日のように撫でていた自転車も今では雨にぬれても平気である。その後、この自転車がどうなったか分からない。
自転車からオートバイ
中学3年頃になると特に自転車の記憶はあまりない。実用車で散歩したり、買い物に出かけた程度である。そのころはむしろオートバイの方に興味が移っていた。友達のスパーカブやスポーツカブ、そして、ホンダのベンリィや、ヤマハの250ccなどを無免許で夜乗り回した。家の近所を乗っていたので、お巡りさんにつかまることもなかった。冬などは寒さで顔がこわばり、手も凍えたが、それでも飽きずに乗り回していた。
そのうち、オートバイにも興味がなくなり、また自転車に戻った。父の宮田自転車で、時々散歩に出かけた。(続く)

☆メモ帳より
1969年9月14日 日曜日 晴れ
鈴木家は家族全員で多摩動物園に出かけた。

2026年9月13日日曜日

国府津

 2026年9月13日 日曜日 雨のち曇り
13時ごろから晴れ間も。
朝の気温は21℃。13時現在で27℃。暑くなる。
自転車でいつものコースを走る。国府津ルート。
ニュース:☆アンソロピックCEOが警鐘、AIが半年~1年以内にインターネット全体を乗っ取る可能性。
☆直径が最大23km収縮か。 水星の表面に残された「しわ」から判明。

天神さん

牛神さん

ナギ


浅間神社


タマスダレ

総合成績
ブエルタ・ア・エスパーニャ2026
このステージはミケル・ランダが勝利
9月12日(土)第20ステージ
ラ・カラホラ〜コジャド・デル・アルグアシル 186.8km



☆自転車などのメモ
1980年2月26日 火曜日 曇り
幼児用三輪車から自転車へ(其5)
新しい三段ギヤのスポーツ車
中学年1年(1962年)のある日、父に丸石の自転車を買ってもらった。
3段ギヤのブルーのスポーツ車であった。 はじめのうちは、毎日のように油をつけては磨いていた。家の周辺をぐるぐると走りまわった。 あるとき意地悪な友達が「あいつは、新しい自転車を買ってもらい、みんなに見せびらかしている」と言って、呆れた顔をした。
ある晴れた日曜日、木村君と茅ヶ崎の小出の方へ サイクリングに出かけた。最初は、なにも異常なく、軽快に走っていたが、甘沼の坂を登ったあたりから、ガツガツと、急に後輪が 重くなった。新しい自転車での初めての遠乗りであったのにこの始末である。まったく涙が出る思いであった。ちょうど近くに自転車屋があったので、そこでのみてもらう、「後輪の軸の部分のボルトが緩んでいるだけだ」と言って、モンキースパナで簡単になおしてくれた。新しい自転車なのでネジの緩みがでたのである。
その日は家に帰ってからも、そのようなネジの緩みがないか丹念に調べた。
1年、2年するうちに、この自転車もだいぶあちこちにサビ出はじめ、あまり手入れもしなくなった。何回かパンクもした。ハンドルバーをフラットから逆につけたりして。変化を楽しんだりしていた。(続く)

☆メモ帳より
1969年9月13日 土曜日 晴れ
岩崎君と横浜の伊勢佐木町へ。有隣堂などを見て歩く。