2026年3月9日月曜日

今日もスギ花粉

 2026年3月9日 月曜日 晴れ
今日もスギ花粉が多い。風も少しあり外出を控える。
朝の気温は3℃。13時現在でも11℃と寒い。

下の写真は三國山稜、2004年3月14日撮影。
○大洞山へ
 3月14日、ヅナ坂経由で大洞山へ。春霞で富士山もすこしぼけて見える。花粉よけのマスクからの息が眼鏡を曇らし、視界はさらに悪い。何度も眼鏡を拭く。
 今日も鼻水との悪戦苦闘が始まる。朝食の時、ブロッコリーにマヨネーズをかけようとしたが、マヨネーズの量が少なくチューブからなかなか出てこない。鼻水はすぐにたくさん出るのだが。
 今日の目的は最初に春を感じさせてくれるバイケイソウの新芽である。そろそろ地面から頭をだす時期だ。
 注意深く登山道のまわりを見るがなかなか現れない。結局ヅナ坂から峠まではなかった。半分あきらめかけていたが、楢木山の南側斜面を下った右側にバイケイソウを発見。ここは日当たりが良いので早いのであろう。よく辺りを見ると数本頭を出している。この時期のこの新芽の緑は美しい。「また今年も春が来ました、こんにちは」と言っている。
 三国山稜のなかで、この楢木山から西側斜面は特にブナ林が美しい。そしてバイケイソウやエンレイソウが林床を飾ってくれる。これからブナの芽吹きとともに目を離せない季節が到来する。6月まで、ブナ林が一番生き生きして見える。
 12時頃、大洞山の山頂到着。今日は日曜日だが誰も居ない。静かなブナ林の中での昼食は格別である。ガスコンロでお湯を沸かし、カップラーメンとホットココアを作る。ガスコンロのガスの残量が少なくいつもより沸騰するのに時間がかかる。それでもどうにか0.6リットルのお湯を沸かすことができた。この日、山頂の気温は3℃ぐらいで寒い。ブナの根元に少し雪もある。
 帰路、楢木山付近で20人の登山者グループに会う。リーダーに統率され黙々と行軍しているような感じであった。我々はいつもの道草で、のんびり自由自在である。「ハクション、ハクション・・・」 

少し霞む富士山

ブナの大木 ヅナ坂

バイケイソウ



三国山⇔大洞山
小山町生土の岩田澗泉さん制作の道標

☆自転車関係メモ
1975年3月13日 木曜日 曇り後雨
以下は英誌の週刊「サイクリング」より
EQUIPMENT GUIDE Huret
装備ガイド ユーレー
販売代理店のDelite Accessories Limited、最新のHuretギア、軽合金製Challenger、鍛造軽量 Jubilee。ユーレー・ ズベルトとアルビーはレースやツーリングに適しており、標準エンドにボルトで固定して取り付けることができる。
アダプターを使用することでCampagnolo も取り付けることができる。標準フィッティングは価格に含まれていない。表示価格はVAT抜き。

1975年3月15日 土曜日 曇り
鶴ヶ台団地にルジュン・ロードレーサーをとめていとところ、小学生が5・6人来て興味深そうに眺めていた。少し嬉しくなる。

1975年3月16日 日曜日 曇り 北風
土方サイクルショップにて、カンバ・ハブ・スパナ15×16 、1200円とウォルバーのスピシャルコルサ、3500円を購入。
今日のサイクリングは、
座間市内と相模川の河川敷を利用したグライダーの基地周辺まで。全走行距離は、35kmほどであった。できれば一度に100km以上走ってみたいものである。
気になる自転車、ボブ・ジャクソン、ロンキッチン、バルタン、 バンテル、ゴルナゴ、レニアーノ、メルシェ、トレダイン、スピードウェル、デローサ、プジョー、 カールトン、ルジュン、モトヴェカン、 クラッセンなど。

ユーレー・ジュビリー(HURET JUBILEE)
ラレー・カールトン・コンペテションに付いていた

ルジュン・ロードレーサー


☆メモ帳より
1969年3月9日 日曜日 曇り
・鈴木さんが、実家の鈴木モータースからスバルを購入。
・中東情勢再び緊迫。エジプトとイスラエル、スエズ砲撃戦。米国(イスラエル支援)とソ連(エジプト支援)の代理戦争的要素深まる。
・NHK.TV「天と地と」を見る。「プリズナー№6」(地図にない村)も面白い。
・鹿島神宮祭頭祭、鹿島神宮の行事の中で、最も盛大な祭り。色鮮やかな衣装を身につけた囃人が樫棒を組んでは解き、囃子ながら参道を練り歩く。